ロシアの旋律と時計の刻む音が聴こえてくる ――『時計坂の家』 [おすすめ本]
『十一月の扉』がすごくいい,と思った私でしたが,この『時計坂の家』のほうに,より強く気持ちを動かされました.
完成度という意味では,『十一月の扉』のほうが勝っていると思います.でも,本書からは,これを書きたいんだ! という,荒々しい叫びのようなものを感じた気がしました.『十一月の扉』では洗練され,小出しにされていた原型の感情を,本書に見た思いです.
いとこからの手紙をきっかけに,ここ,汀館(みぎわだて;たぶん,函館をもじった架空の地名)までやってきた,12歳のフー子.時計坂のそばに住んでいる祖父や同居のお手伝いさん,いとこやはとことのやりとり,など,日常から少し外れたところで起こる,どきどきするような夏休みの10日間.外国人が訪れることも珍しくなかった港町で暮らしていた,風変わりですてきな祖母のこと.幻影としか思えない不思議な体験.古い資料をひもといて,徐々に明らかになる真実….そういったものを,フー子と,はとこの映介2人の視点で描いていきます.
映介の名前を見るまでもなく,これは明らかに,『十一月の扉』と同じ方向を向いた作品です.でも,ロシアのエキゾチックな雰囲気や流浪の民のメロディーは,こちらに濃厚に漂っています.静かで厳しい祖父の姿も,またりんとして冴えています.
とても,すてきな作品だと思います.
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